「ああ。…何でごきぶりの話をしなきゃならないんだよ」
「あれは興味深いよ。おぞましいけどさ、興味深い生き物だ」
「そうか?」
「あの虫がどうしてあんなに人に嫌悪されるのか、兄貴はわかるか?」
「さあ」
「そういうのを考えればいいんだよ、マクガイバー。そのほうがよっぽど、身近で、現実的だ」
下らない話題だと思いつつも、潤也が、俺の気を紛らわせるためにそう言ってくれているのだとは分かる。
「あれは、動きが速いからだ。だから,嫌われているんだ」
「動きが?まじかよ」
「そうだよ。あれが、ゆっくりした動作の,亀みたいにのろのろした虫だったら、
あそこまで嫌われていない。そう思わないか?それだと何だか、哀れな気がしないか?
多分な、あの素早さが恐怖を感じさせるんだよ。
全能ぶりを見せ付けられているようで、人は震え上がる」
「確かに,あの速さは恐ろしいな。
でも俺はね、あれはやっぱり、名前がいけないと思うね」
「名前か」
「そりゃそうだよ。ゴキときて,ブリだからな。あの濁音の続く音はおぞましいよ。
あれが、『せせらぎ』とか『さらしな』とか、そういう優しい音の名前なら、
まだ、そこまで悪くなかったと思うね」
「ちなみに、英語だとコックローチだろ?可愛い響きだが、でも、嫌われてるはずだ」
「あの虫は、英語圏でも嫌われてんの?」
「聞いたことはないけど、そりゃ嫌われてるんじゃないのか」
「ほら、分かんねえだろ。コックローチ圏ならまだ愛されてるんだよ」
「そんなわけないさ」
「じゃあ、あれだ。あいつら、飛ぶだろ?向かってくる。だから嫌われるんだ」
それには同意する。
「飛ぶのは恐ろしいな。でも、飛ぶならカブトムシだって蝶だって飛ぶぜ。
おまけにカブトムシには濁音もつく」
「まあ、そうだけどさ。じゃあ、あれだ、あいつらこそこそしてるじゃんか。あれが嫌だな」
「要するに俺の『素早い』説と一緒って事だろ?」
「あー」 と潤也が顔をしかめる。
「あとはあれだよ、あいつら、しぶといだろ。
水だけあれば、何ヵ月も生きていられるって聞いたことがあるぜ。埃を食うとか」
「共食いもするらしいよな」
「凄すぎだよ、感服するよ」
深夜に、兄弟が並んで話題にするような内容とも思えなかった。
「な、兄貴」 しばらくして潤也が言った。
「こうやって馬鹿話してるほうが、よっぽど楽しいじゃねえか。
しかめ面して、難しいこと考えるのはやめろよ」
「いつも、ごきぶりのことを考えてろっていうのかよ」
「せせらぎ、のことな」
「早速、その呼び方かよ」
俺は大笑いした。
『魔王』/ 伊坂幸太郎
久しぶりに書く!
すみません長々と。好きなんですこのシーン。
ケータイで書くのなかなか大変なんだけど。
塾で、最近この「せせらぎ」がよく登場する。
前、塾の先生が、なんでGは嫌われるんだろって考えてて、このシーンを思い出したの。
ちなみに、先生はカマキリが嫌いらしい。
...なんで!?どこが!?
とにかく、あの塾はいっぱいGいそう。
いやだーーー。
ちょうど、先日読んだ漫画版『魔王』にもこの会話が出てきた。
っても、原作ではこの段階で、安藤は(まだ)生きてるけど。
「大笑い」してるし。涙
漫画では、悲しみに暮れる潤也の夢の中で、
潤也と死んだ兄貴(安藤)が再開を果たすシーンだった。
まさかの「ごきげんようお久しぶり」の再開だからね、
感動のワンシーンだ、夢だけど。
とりあえず、Gは嫌いだけど
このゴキブリ談義は大好き。
こんなん考えるなんて、さっすが伊坂さん!!!
凄すぎるよ、感服するよ。
読み飛ばした人は、とりあえずもう一回、上から読んでみてくださ。